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Chocolate Days エッセイ「ちょっとした」西 加奈子

ちょっとした

西 加奈子

 妊娠が分かって、友人たちにそれを告げた頃、ある作家の方から、宅配便が届いた。その方とお会いしたことはなく、友人から人づてに素敵な方だと聞いている程度だった。手紙の中で彼女は、友人に住所を聞いたことを、そして急に宅配便を送りつけることをわびていた。そして最後に、こういう一言を添えてあった。

「妊娠中、これに助けられました」

 箱を開くと、美しいチョコレートがきちんと並べられて入っていた。いわゆる高級なチョコレートで、早速一粒食べてみると、むむ、と、声が出るくらい美味しかった。

 数年前、仕事が非常に忙しかった時、ある編集者がくれたのも高級なチョコレートだった。打ち合わせの際、ヘロヘロになっている私を見かねたのだろうか。数日後、「良かったら執筆の合間に」という手紙と一緒に届いた宝石のようなチョコレートは、もったいなくて、少しずつ食べた。

「良かったら執筆の合間に」という手紙と一緒に届いた宝石のようなチョコレート

 チョコレートは、特に高級なチョコレートは、そういった、人生のちょっとしたピンチの時に、私の前に現れてきた。

 究極的なピンチの時ではない、というのがポイントだと思う。例えば深刻な病気の治療をしている時や、大失恋の直後などではなく、ちょっと不安だなぁ、とか、ちょっとしんどいなぁ、でも、人にヘルプを頼むほどではないんだよなぁ、そういう時に、それを悟った優しい人たちから、そっと手渡されてきた。

 コンビニエンスストアやスーパーマーケットに行けば、チョコレートは当たり前のように並んでいる。高級なものになると、それらとは味も違うし、たたずまいも違うけれど、「うわ、こんなもの頂いちゃって・・・お礼しなきゃ!」とプレッシャーをかけてくるような仰々しさはなく、「あなたを助けたい!!!!」というようなスーパーヒーロー的気負いも感じられない。それはあくまで、日常の延長に存在している、ちょっと素敵なチョコレート、に過ぎない。それがいいのだ。

 作家の方も、編集者の方も、私の状況をおもんばかり、何かをしたいと思ってくれたのだろう。でも、積極的な励ましやヘルプが、私にプレッシャーを与えることも、危惧されていたのだろう。だから二人とも、短い言葉しか書いていなかった。そしてその短い言葉が、チョコレートのたたずまいと、とても合っていた。

 彼女たちは私に「チョコレートに救われる瞬間」を、差し出してくれたのだ。「あなたのことを思っているよ」という、とても謙虚でささやかな思いが、どれだけ人を救うのか、彼女たちは知っていたのだ。

 私も、彼女たちのようでありたいと、常々思っている。だから私が、ちょっと疲れた人、ちょっと困っている人に手渡すのは、やはりちょっと素敵なチョコレートだ。それを選ぶ時から、私の心はすでに、その人たちと共にある。

私が、ちょっと疲れた人、ちょっと困った人に手渡すのは、やはりちょっと素敵なチョコレートだ。
西加奈子

撮影/若木信吾

西にし 加奈子かなこ

1977年テヘラン(イラン)生まれ。小学1年生から4年生までカイロ(エジプト)で過ごし、中学生から大阪で暮らす。2004年に『あおい』でデビュー。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞、15年『サラバ』で直木賞を受賞する。その他の小説に『さくら』『きいろいゾウ』『うつくしい人』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『i』『おまじない』『夜が明ける』『くもをさがす』など著書多数。19年にバンクーバー(カナダ)に転居。22年に帰国する。近著は『わたしに会いたい』。

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毎回、違う作家さんの作品が読めるって、凄く贅沢

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毎回、違う作家さんの作品が読めるって、凄く贅沢だなって思いながら読みました。
高級なチョコレートは、何か特別なときに贈るものと思っていたのですが、西さんのエッセイを読んで、こんなふうにさりげなくて、心遣いのある贈り方もあるんだ、素敵だなと思いました。

「チョコレートに救われる瞬間」に共感

ニックネーム:しんママ

「チョコレートに救われる瞬間」に共感しました。そんな瞬間が確かにあると思います。
「人生のちょっとしたピンチの時に」チョコレートに救われる。
チョコレートにはそんな魔法がありますよね。
バレンタインデーばかりでなく、ちょっとした気遣いにチョコレートを贈る、、、私も実践したいと思いました。

人生のちょっとしたピンチの時の高級チョコレート

ニックネーム:ちよこ

「人生のちょっとしたピンチの時の高級チョコレート」このお話に私も似たような体験を思い出した。
自身に大きな病気がみつかり、思いかけずいろいろな方からお見舞いを頂戴した時のことを。
自分では普段買わないような素敵なお菓子、そして送ってくれた方々の想いを感じ、非日常のときめきとうれしさを感じた。
西さんのエッセイを読んで、これから誰かのちょっとしたピンチに遭遇したら、GODIVAを贈ってみようかな、と思った。